「新人の頃と今。私の看護観の変化」

看護師をしていると、ふと自分の“看護観”について考えることがある。看護観って言葉、学生のときはレポートとか実習の振り返りでよく書かされたけど、正直その頃は「患者さんに寄り添った看護をしたいです」って、どこか教科書的に書いてた気がする。でも実際に働きだしてみたら、その「寄り添う」って何なんだろうってよくわからなくなった。

新人の頃は「患者さんの気持ちに寄り添う」=「たくさん話を聞いてあげる」「できるだけ笑顔で接する」ってことかな?って思ってた。患者さんが不安そうな顔をしてたらすぐ声をかけて、ベッドサイドで話をして「何かあったらいつでも呼んでくださいね」って言ってた。もちろん、それも大事なんだけど、だんだん経験を積むうちにそれだけじゃダメだなって気づいた。

例えば、忙しくて1人の患者さんに長く時間をかけられないとき。診察介助もあるし、採血も点滴も指示を受けて検査の説明も重なって、「ちょっと待ってくださいね!」って言うのが精いっぱいな場面。そういうときに、自分の中の「寄り添いたい」気持ちと現実のギャップにモヤモヤすることもあった。

それでも「寄り添う」って別に時間の長さだけじゃないし、話をたくさん聞くことでもないんだなって今は思う。例えば、患者さんが何気なく言った一言を覚えておいて、数日後に「この間◯◯って言ってましたけど、その後どうですか?」って声をかけるだけでも、十分寄り添えてるんじゃないかって。ほんのちょっとの気遣いとか、その人の気持ちを少しでも軽くする工夫をすること。それが今の私の看護観なのかもしれない。

他の看護師さんの看護観って、実はあんまり聞く機会がない。休憩中に仕事の愚痴とか患者さんのエピソードは話すけど「あなたはどんな看護を大切にしてるの?」って改まって聞いたこと、私はほとんどない。でも絶対、人それぞれ大事にしてることがあると思うんだよね。例えば「患者さんの自立を促すことが一番」とか、「安全第一、無事に家に帰してあげることが使命」って思ってる人もいるだろうし「患者さんの家族をサポートするのが好き」って人もいるかもしれない。

今度、仲のいい先輩とか後輩に「看護師として大事にしてることって何?」って軽く聞いてみようかな。もしかしたら、自分の看護観を見直すヒントになるかもしれないし、人の考え方を知るのってシンプルに面白いしね。

看護って技術も知識ももちろん大事だけど、結局は“人と人”の関わりだから、自分がどんな気持ちで患者さんと向き合いたいのかを持ってることって意外と大事だと思う。初心を忘れず、でも現実も受け止めながら自分らしい看護観をこれからもアップデートしていきたいな。

コメントを残す